第11弾コラム なぜ、あれほど学んだのに、組織は何も変わらなかったのか。 ——「やり方」ばかり学んでいた私が、見落としていた「あり方」の話

    月曜の朝、私は社員を集めて、こう宣言しました。

    「これからは、この仕事を君たちに任せる。私は口を出さない。自分たちで考えて、進めてくれ」

    社員は、少し驚いた顔で「わかりました」とうなずきました。

    私は少し満足気に社員の顔を見渡し、「あとはよろしく!」と会議室を出ました。

    ところが、木曜日。

    私は、任せたはずの社員の席の横に立って、腕を組んで、こう言っていました。

    「あれ、どうなってる? まだできてないの?」

    たった三日です。あれほど「任せる」と言った自分は、たった三日で無くなりました。

    その前の週に、私は権限委譲をテーマにしたセミナーに参加していました。「社長が抱え込むから、組織は育たない」という話に深くうなずき、決めたのです。

    「任せてみよう!」と。

    それにも関わらず——。

    「学んだこと」と「やっていること」が、これほどまでに違う。その事実に、当時の私はまったく気づいていませんでした。

    目次

    なぜ、あれほど学んだのに、何も変わらなかったのか

    経営者になってから、私は本当によく学びました。

    経営の本を読み、セミナーに通い、成功している経営者の話を聞きに行く。

    学ぶたびに、こう思うのです。「なるほど、これだ」「これを実践すれば、うちの組織も変わる」と。

    でも、変わらない。

    そして当時の私は、その「変われない理由」を、いつも外側に探していました。

    「いい話だったけど、うちの業界には合わない」
    「うちの社員のレベルでは、まだ早い」
    「もっと自分に合う方法が、どこかにあるはずだ」

    そうやって、また次の本を買い、次のセミナーに申し込む。

    今振り返れば、私は「学ぶこと」そのものが目的になっていたのでしょう。新しい知識を得た瞬間の高揚感。「自分は前に進んでいる」という安心感。それが欲しくて、学び続けていたのです。

    でも、組織は一ミリも動いていませんでした。

    学べば学ぶほど、頭の中の「あるべき姿」と、目の前の現実との差は開いていく。その差が、焦りに変わっていきました。

    学ぶほどに、苦しくなる。

    これが、いわゆる「学び疲れ」の正体だと、私は思っています。

    「知っている」と「できている」は、まったく別物だった

    あの月曜日と木曜日の落差が、すべてを物語っています。

    私は「知っている」ことを、「できている」と勘違いしていたのです。

    権限委譲の重要性は、何冊もの本で読んで知っていました。でも、実際の私は、部下に任せたはずの仕事に口を出し、結局は自分でやり直していました。

    傾聴が大事だということも、知っていました。でも、実際の会議では、社員が話し終える前に、私が答えを言ってしまっていました。

    知識としては、完璧に「知っている」。けれど、行動は、何一つ変わっていなかったのです。

    厳しい言い方かもしれませんが——組織が受け取るのは、社長の「知識量」ではなく、社長の「あり方」だけなのです。

    私が学んでいたのは、全部「やり方」だった

    そして、もう一つ、大きなことに気づきました。

    私がこれまで熱心に学んできたものは——そのほとんどが「やり方(ハウツー)」だったのです。

    どうすれば社員が動くか。どうすれば会議がうまくいくか。どうすれば幹部が育つか。「どうすれば(How)」を、私はひたすら探し続けていました。

    でも、いくら優れた「やり方」を手に入れても、それを使う私自身の「あり方」が変わらなければ、同じ結果しか出ないのです。

    たとえば、傾聴の「やり方」を学んでも、心のどこかで「社員は放っておくと動かない」と思っている社長が使えば、その不信は必ず相手に伝わります。社員が受け取っているのは、テクニックではなく、社長の「あり方」だからです。

    やり方は、あり方の上にしか乗りません。

    土台であるあり方が変わらないまま、やり方だけを積み上げても——組織は、変わらないのです。

    「あり方」とは、結局この5つの問いだった

    とはいえ、「あり方が大事だ」と言われても、抽象的でつかみどころがないかもしれません。私自身、長い間そうでした。

    でも、自分の失敗を一つずつ振り返ると、「あり方」とは、けっして精神論ではありませんでした。それは、日々の具体的な場面で、自分がどう振る舞っているか——次の5つの問いに、正直に答えられるかどうかでした。

    一、社員を、本当に信じているか。
    口では「任せる」と言いながら、心の底では「どうせできない」と思っていないか。私は「完璧な右腕」を探し続けていた頃、実は誰のことも信じきれていませんでした。

    二、相手の話を、最後まで聴けているか。
    「OK? わかる?」と確認しながら、相手が話し終える前に、自分が結論を言っていないか。私は「聞いているつもり」で、社員の本音を一度も聴けていませんでした。

    三、自分の焦りを、社員にぶつけていないか。
    「どうなってる?」という言葉に、苛立ちを乗せていないか。あれは質問ではなく、圧でした。

    四、任せたあと、待つことができているか。
    社員が自分のペースで考え、動く時間を、無駄だと感じていないか。私は、待てませんでした。

    五、失敗を避けるために、先回りしていないか。
    「危ないから」と途中で指示を変え、社員が判断する機会そのものを奪っていないか。私は、良かれと思って、社員から考える権利を取り上げていました。

    ——お気づきかもしれません。これらはすべて、これまでのコラムで私が書いてきた失敗そのものです。

    やり方は、いくつも学びました。でも、この5つの問いに正直に向き合うこと。それこそが、私が最後まで手をつけられずにいた「あり方」だったのです。

    学びが実践に変わらない、3つの落とし穴

    では、なぜ「あり方」は、これほどまでに変えにくいのか。私自身の経験から、大きく3つの落とし穴があると考えています。

    ① 学びを、自社の言葉に翻訳できていない

    本やセミナーで語られるのは、あくまで一般論です。「A社ではこうやって成功した」という話は、A社の規模、業種、社員、社長の性格——すべての条件がそろって初めて機能したものです。

    必要なのは、学んだ原則を「では、うちの場合、明日から具体的に何をするか」というレベルまで翻訳する作業。そして、この翻訳こそが、一人では最も難しいのです。

    ② 一人だと、必ず「元の自分」に戻る

    あの月曜日から木曜日まで、たった三日でした。人は、変わろうと決意しても、放っておけば元に戻ります。これは意志の弱さではなく、慣れ親しんだやり方を「安全」だと判断する、脳の仕組みです。

    セミナーの熱が冷める頃、目の前にはいつもの忙しい日常が戻ってきます。そして、いつもの判断、いつもの口の出し方に、無意識のうちに戻っていく。自分では「戻っている」ことにすら、気づけません。

    ③ 「わかったつもり」で、立ち止まってしまう

    これが、一番やっかいな落とし穴です。学ぶと「わかった」という感覚が得られ、この感覚が行動を止めてしまう。

    「わかっているのだから、いつでもできる」——そう思った瞬間、人は実践しなくなります。本当は、「わかった」はスタート地点にすぎないのに。

    私を変えたのは、新しい知識ではなく「隣にいてくれる人」だった

    では、私はどうやって、この「学び疲れ」の無限ループから抜け出せたのか。

    きっかけは、新しい本でも、すごいセミナーでもありませんでした。ある時、私の話を、ただ聴いてくれる人と出会ったのです。

    その人は、答えややり方を教えてくれる人ではありませんでした。私が「こういう本を読んで、こうすべきだと思う」と話すと、こう問い返してくるのです。

    「河村さんは、それを、明日どの場面で実践しますか」
    「先週、任せると決めた件は、その後どうなりましたか」
    「そもそも河村さんは、社員のことを、本当は信じているんですか」

    耳の痛い問いばかりでした。

    特に最後の問いには、言葉に詰まりました。私は「信じている」と即答できなかったのです。あの月曜日、「任せる」と言った自分の声が、急に空々しく聞こえました。

    その人のおかげで、私は初めて、先ほどの5つの問いと——つまり自分の「あり方」と、正面から向き合わされました。一人では、絶対に直視できなかったことです。

    そして、決めたことが本当に行動に移っているか、それを見てくれる人がいる。ただそれだけで、私は「三日で元に戻る自分」に、少しずつブレーキをかけられるようになっていきました。

    私を変えたのは、知識の量ではありませんでした。

    学びを、自社の現実の中で、実行と「あり方」の変化に変えるまで、隣で伴走してくれる存在だったのです。

    「やり方」を教える人は多い。でも、足りないのは——

    世の中には、答えややり方を与えてくれる人は、たくさんいます。本もセミナーもAIも、そのために存在しています。

    でも、これだけ情報があふれた時代に、多くの経営者がなお変われずにいるのは——足りないのが「情報」でも「やり方」でもないからです。

    足りないのは、経営者自身の「あり方」に光を当て、あの5つの問いを一緒に見つめ、その想いを言葉にし、実際の行動と組織の変化に変えていくプロセスに寄り添う存在です。

    私はそれを「伴走」と呼んでいます。

    5社の経営を通して、私は何度も痛感してきました。人は、指示では動かない。数字では、心はつかめない。けれど、社長の想いが本当に伝わったとき、人は驚くほど動き出す——。あの月曜日に「任せる」と言った時には見えなかった景色が、自分の「あり方」が変わって初めて、社員との間に生まれてきたのです。

    もし今、あなたが「学んでいるのに変われない」ともどかしさを感じているなら、それはあなたの能力の問題ではありません。一人で抱え、一人で「やり方」だけを積み上げようとしているだけなのかもしれません。

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    「たくさん学んできたが、組織が変わった実感がない」
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    河村 直人(かわむら なおと)

    株式会社シンライフワーク代表。「想いをカタチに」を理念に、5社の経営経験を原点として、経営者・組織の伴走支援を行う。「人が変われば、会社は変わる」を信条に、社長の孤独と成長に寄り添うことをライフワークとしている。

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